水増し


 合成化学をやっていますと、収率の良し悪しで一喜一憂をするものです。実際に、低収率が続くようなことがありますと、連動して気分も落ち込んでしまいます。

 ある学生のテンションが下がっていた。自分の反応の収率が低空飛行したまま、一向に上昇する気配がないのである。条件検討から、添加剤や試薬の添加順序まで思いつくことは全てやった。しかし、収率は上がるどころか、むしろ下がっていくのである。万策尽きた学生は、先生のところに相談に行った。話を聞いた先生は「以前に高い収率やった条件でもういっぺんやり直してみ」と言った。学生が「同じことを繰り返しても仕方がないのに」と思いながら、実験をやり直してみると、収率の再現性は得られず、大幅に低下したのであった。
 そのことを報告に行った時、先生は「その試薬を最近買ってないけど、まだあるんか?」と尋ねた。学生は「そう言えば、結構な数の反応をやってますけど、あんまり減りませんね」と答えた。それを聞いた先生は「吸湿性の高い試薬やから、どんどん水を吸ってるんちゃうか」と言った。学生が試薬を乾燥させてから、試薬を秤量して反応を行なったところ、収率が大幅に上がったのであった。

吸湿性の高い試薬は、天秤で質量を量っている間も、どんどん重量が増加してしまいます。そのような場合は正確な質量を秤ることができませんので、減圧乾燥するか、不活性ガス中で取り扱わなければなりません。それを気にせずにやっていますと、試薬が水増しされて、使っても使ってもなくならないという状態になってしまいます。それまでに気付くはずとは思うんですが・・・。