初級者


 何をするにしても、誰もが最初は初心者です。実験においても初心者は危険なように見えますが、自分ができないことを自覚していますので、意外と事故を起こすことはありません。むしろ危ないのは、慣れてきて初級者になった頃です。自分自身の実力を過大評価してしまうために、事故を起こしやすくなります。それは実験に限らず、スペクトルの解析などにおいても同様です。

 ある学生が新規な化合物を合成し、単離をすることに成功した。最初の頃はNMRの読み方も分からないので、チャートを先生のところに持って行って教えてもらいながら解析していた。しかし、今では自分で解析できるようになり、それなりに自信も付いてきたので、先生には口頭で「化合物の単離に成功しました」と報告した。先生も「そしたら13C NMRも測定しとていて」と指示を出したのみであった。
 学生は早速測定してみたが、思ってたよりシグナルが2本少ない。4級炭素のシグナルなら、ノイズに隠れて見えにくいこともあるが、これは3級炭素である。「このままではまずい」と思った学生は、濃度を濃くしたり、積算回数を増やしたり、重溶媒を他のものに替えたりと、思いつく方策を全部試みた。しかし、どうやってもシグナルの数が2本足りないままなので、先生のところに相談に行った。「炭素が10個あるのにシグナルが8本しか見えないんです。色々試したけど、見えなくて。どうしたらいいですか。」という質問を聞いた先生からは「その化合物はフェニル基を持ってたっけ」という逆質問。学生が「そうです。」と答えると、先生は「フェニル基は6本やなくて、4本しかシグナルが出えへんで」と言った。その時、学生は最初の測定できれいなスペクトルが得られていたにも拘らず、無駄な努力を繰り返していたことにようやく気づいたのであった。

初心者の間は何でもかんでも質問して教えてもらわなければできませんが、初級者になりますと、ある程度のことは自分でできます。ただ、十分な知識と経験がある訳ではありませんので、先生や先輩にこまめに報告をして、確認を取りながらするようにした方がいいですね。