大脱走


 小学生の頃にカブトムシやアゲハチョウの幼虫を育てて成虫までにするということをした経験を持っている人がいるかと思います。途中にサナギになる時期がありますが、その期間は動きが少ないし餌をやる必要もないので、そのまま忘れてしまうことがあります。ある日、その存在を思い出して箱を見ると、いなくなっていることも多々あります。それは成虫になり羽を持ったので、飛んで逃げていったのです。

 ある学生が実験で用いるエステルの合成法を先生に尋ねていた。「このジカルボン酸のカリウム塩を水中で加熱すると、脱炭酸してモノカルボン酸ができるんよ。それをエタノール中で酸触媒と一緒に加熱したら欲しいエチルエステルができるわ」との説明を聞いて、学生は思ったより簡単に合成できると思って安心した。言われた通り、カリウム塩を加熱した後に酸性にして抽出し、有機層を濃縮すると、カルボン酸が収率良く得られた。そのカルボン酸をエタノール中で加熱した後に、同じように溶媒を減圧留去した。しかし、ナス型フラスコにはほとんど何も残らなかった。
 学生はパニックである。「2つの実験を同じようにしただけやのに」と思って、先生のところに行ったら「あっ、言うの忘れてたけど、分子量が小さいからエステルになったら沸点が低くなるんで気いつけや」と先に言われた。結局学生はもう一度同じ実験を行ない、エバポレータで溶媒留去をする代わりに蒸留装置を使って濃縮したのであった。

水酸基を持つ化合物は水素結合をするために沸点が比較的高いのですが、エステルになりますと分子間力が小さくなって沸点がかなり低くなってしまいます。同じような構造をしてるからといって、同じような性質を有しているとは限りません。物性値などはよく調べて実験をするべきですね。