対照的な2人


 研究の進め方には、人によってそれぞれやり方が異なります。ガムシャラに進める人、慎重に検討してから着手する人、取り敢えず当たりをつけてみる人などなど。どれが良いという訳ではありませんが、場合によって使い分けが必要になります。

 ある学生が論文チェックをしていて衝撃を受けた。自分の研究テーマに類似した不斉触媒反応の論文が掲載されていたからである。自分のテーマと完全に一緒という訳ではないが、次のステップとして自分がやっているテーマに着手するのも時間の問題と思われた。焦った学生は一緒に研究している先輩に相談したが、先輩は「すぐに追いつかれることはないから、着実に進めていけば大丈夫やろ。」との返事。学生は「そんなこと言うても、向こうの方が学生の数も多いし、追いつかれるかもしれませんやん。もっとペースを上げてやらんと。」この研究姿勢の溝は埋まらず、ついに2人は別々に検討することにした。
 学生はいくつかあるファクターを一々検討するのが面倒であったので、2つ、3つのファクターを変えながら実験を始めた。しかし、いくらやってもラセミ体(鏡像異性体の等量混合物)が得られるのみで、不斉を発現することはなかった。一方、先輩は、いきなり条件検討を始めるのではなく、生成物の安定性など検討すべき項目を列挙し始めた。そして、手始めに触媒を共存させない反応(対照実験)を行なった。それを見た学生は「無駄なことを」と思ったが、その結果を見て愕然となった。触媒がなくても反応が進行して、定量的に生成物が得られたのである。それはすなわち、学生がそれまでに行なった実験が全て無駄になってしまったことを意味するからである。先輩は無触媒反応が進行しない条件を見出した後、たった3週間で結果を出してしまったのであった。

先生や先輩のアドバイスには、経験に基づくものがありますので、素直に耳を傾けるべきでしょうね。対照実験を疎かにしたために、対照的な結末を迎えたというお話でした。