これも何かの縁


 実験をやっていて予想外の生成物が得られた時は、何か新しいテーマの展開の予感があって楽しくなりますが、逆に得られるはずのものが得られなかった時は悲しくなってしまいます。

 ある学生が先輩に教えてもらった条件で反応を行なっていた。カルボニル化合物に塩基を作用させてエノラートイオンに変換した後、基質と反応させるだけの単純な反応である。十分に乾燥した溶媒を用いたし、「失敗するはずがない」と確信していた。しかし、反応混合物から抽出した溶液を濃縮してもフラスコには何も残らなかった。学生の頭には「もしかしたら、これは先輩が間違えた方法を教えたのではないか」という疑念が生じてきた。
 そこで、学生は先生のところに相談に行った。一通りの説明を聞いた後、先生は「後処理はどないしてんねん」と尋ねた。
 学生「溶媒を留去して得られた残渣に、有機溶媒を入れてますけど。」
 先生「酸処理はせんかったんか?」
 学生「してません。」
 先生「抽出後に残った残渣はどないした?」
 学生「捨てました。」
 先生「・・・」

カルボニル基のαー水素を引き抜くくらいの強塩基なら、生成物にカルボニル基がありますと、容易にエノラートイオンに変換してしまいます。塩になると有機溶媒に溶解しにくくなりますので、抽出されなかったとしても不思議はありません。なので、抽出前に酸を加えてプロトン化しておく必要があります。大量に不溶な固体が出た時は、不要なものであると決めつけず、「これも何かの塩」と思うことが必要ですね。