負のスパイラル


 あると思っていても知らない間になくなるのが原料です。原料は作りながら使わなければなりません。

 ある学生が反応を仕込もうとしていた。いつもの感覚で準備をしていたが、原料が全然足りないことに気づいた。フラスコの中には反応相手の試薬が溶液状態でスタンバイしているので、そのまま仕込むと試薬のモル比が異なってしまう。幸いなことに原料合成を並行して仕込んでいたので、その反応混合物が手元にあった。学生は「これは急いで原料を精製して使うしかないやろ」と思い、原料の単離をすることにした。ゆっくりとカラム処理をしている暇もないので、ガラスフィルター付きの漏斗にシリカゲルを入れて、吸引しながら展開溶媒を加えることにより、予定通り、カラム処理は短時間で終了した。原料を含むフラクションを濃縮したところ、オイル状の原料の他に充填剤として使用していたシリカゲルも含まれていた。どうやらガラスフィルタの目が粗かったようである。
 溶媒に溶かしてろ過をするだけの余裕がなかったので、学生はシリカゲルを避けてマイクロシリンジで原料を吸い上げて反応容器に加えた。その方法がうまく行ったので、同じ操作を繰り返した。あと少しで目的の量の原料を計り取ることができると思った矢先、シリンジの中にシリカゲルが吸い込まれて針が詰まってしまった。学生の焦る気持ちは増大する一方である。そこで、力を込めてプランジャを押すと、ピシッという音とともにシリンジの側面が割れて、原料が霧となって床に散っていった。後には、中途半端なモル比の試薬が入った反応容器、割れて使い物にならなくなったマイクロシリンジ、精一杯働いた割に反応を仕込むことができず、放心状態になった学生が残ったのみであった。

慌てて実験をすると失敗をしがちです。また、それをリカバーしようと焦ると、さらに二次災害を引き起こす可能性が高くなり、何も良いことはありません。時間の余裕は心の余裕。ついでに原料の余裕も心の余裕です。