隠蔽


 学生が卒業する時は、実験データやスペクトルなどを研究室に残していきます。これが、研究室の財産となり、次年度以降の研究に活かされますし、やがて論文となって世に出ていきます。

 ある先生が論文を書くために、学生の残したスペクトルデータをチェックしていた。しかし、ある化合物は1H NMRのデータがあったものの、13C NMRのデータが見当たらなかった。先生は仕方がないので、学生が残していった試料を用いてNMRの測定をしたところ、2 ppm付近に出るはずのアセチル基のシグナルが見当たらなかった。驚いた先生が他のデータを見ようとしたが、学生が同じ実験を何回も行なっていたにも拘らず、残されていたデータは1つだけであった。どうやら、予想外の構造の化合物が得られた際に、失敗だと思い込んだようである。そして、先生に報告すると怒られると思い、チューブの洗浄に用いたアセトンが残っているデータのみを残して、他の不都合なデータを消したことが分かった。
 先生は、次年度にその反応を他の学生にテーマとして与えて、無事に論文化に至った。そして、事実と違うデータを世に出さずに済んだことに胸を撫で下ろしたのであった。

卒業した後に、失敗した様子を後輩に見られるのが嫌という気持ちは分かりますが、都合の悪いことを隠蔽してしまうのは最悪の行為です。データとは真摯に向き合うべきです。この場合のように、失敗と思ったものから新しいテーマが育つ場合もありますしね。