ケルベロス


 新年度が始まりますと、フレッシュな顔ぶれになります。新しく加わった人は緊張している一方で、1、2年前には同様の状態であったにも拘らず、あたかも最初から慣れていたかのように振る舞っている先輩もいます。

 ある学生は研究室に入って1ヶ月が過ぎた。実験操作や実験室のシステムや雰囲気にも慣れてきて、最初の頃のような緊張感は徐々に払拭されていた。研究テーマももらい、嬉々として実験をしていたが、そちらの方は芳しくなかった。先輩の実験を追試していたのだが、同じ反応が全く進行しないのである。初心者ゆえに、失敗の原因の心当たりがあり過ぎて、何から改善していけば良いのかさえ分からなかった。
 そこで、先生に相談したところ、「焦って反応をするんやなく、順番にNMRでチェックしながら進めていって、どこに問題があるのかを確認したらええんちゃう」とのアドバイスをもらった。そこで、手始めに出発原料のNMRを測定したところ、シンプルなスペクトルが現れるはずであるのに、パソコンの画面にはカオスなスペクトルが映し出されていたのであった。

試薬によっては空気中の湿気などによって徐々に分解するものがあります。この学生が使っていた試薬もその類なのでしょう。原料の純度を確認するという、ちょっとした手間を惜しんだために、試薬と労力、そして1ヶ月という時間を無駄にしてしまいました。それと引き換えに良い経験をしたので、次からはきっちりと確認するようになるのでしょうね。