因幡の白兎


 カラムクロマトグラフィーは合成の実験で重要な分離手段ですが、展開溶媒の選択から極性の上げ方、フラクションの取り方までを習得するにはかなりの経験が必要です。

 ある学生が目的生成物と副生成物をカラムによって分離していた。Rf 値(物質の別れやすさの目安、溶媒が進んだ距離と化合物が進んだ距離の比)には、それほど大きな差はなかったものの、分離が困難というほどでもなかった。さらに幸いなことには2つの成分は色が着いているので、カラム中の化合物の進行具合が見た目でわかるという、いわゆる初級者向けの試料であった。学生は低い極性の溶媒を用いて前の物質が溶出してくるのを辛抱強く待っていた。その甲斐あって、ようやく前を走っていた目的物質が出口付近までやってきた。後方の副生成物はほとんど展開されておらず、セーフティリードを築いたと言えるほどに離れていた。学生は「これだけ離れてればもう大丈夫やろ」と判断して展開溶媒の極性を上げた。
 ところが、後方でもたもたしていた副生成物が水を得た魚のように動き始めた。学生は焦ったが、いまさら極性を落とすこともできない。ただ目的物質に頑張れと応援するのみである。しかし、その応援は実ることなく、目的物質が出口に達する前に副生成物に追いつかれてしまった。マラソンでなら仲良く表彰台に上るところであるが、カラムの場合はそういう訳にはいかない。学生は「今まで2時間もかけて待ってたんは、なんやったんや」と思いながら、もう一度最初からやり直さなければならなかったのであった。

中途半端な辛抱をしてしまいますと、全く辛抱しなかったのと同じ結果になることがよくあります。そのような時はとても虚しいものです。最後まで気を抜かないようにしましょう。