オールマイティ


 有機化学系の研究室に入ってうれしいことの一つに有機溶媒を使えるということがあります。それまでの生活では、液体と言えば水か油くらいしか知りませんが、見た目は水のようなのに、色々なものを溶解してくれる有機溶媒は魔法の液体のように感じてしまいます。

 ある4回生のお気に入りはアセトンである。研究室に入った頃は、おっかなびっくりで使っていたが、最近はその便利さがうれしくて、何にでも使ってしまうようになっていた。ガラスに書いたマジックインキも簡単に拭き取れるし、実験台の試薬による汚れもきれいになった。ちょっとした汚れでも、アセトンをしみ込ませた紙で拭き取っては、満足げに眺めていた。
 ある日、温度コントローラを使おうとセッティングしていると、誰かが試薬をこぼしたのか、温度の表示パネルが汚れていた。学生は当然のごとく、アセトンを使って拭き取った。しかし、アセトンは汚れだけでなく、プラスチックのパネルも溶かしてしまい、すりガラスのようになってしまった。機械本体は問題なく動くのに、肝腎の温度表示を見ることができない温度コントローラはただの箱にしかすぎない。学生はこっそりと実験台の下にしまって、人目につかないようにしたのであった。

「似たものは似たものを溶かす」という傾向があります。極性化合物は高極性の水やアルコールに溶けますし、油は低極性のヘキサンやトルエンに溶けます。アセトンは中間の極性ですので、色々なものを溶かしますが、溶かし過ぎる場合もあります。溶媒を使う前に、相手がどのような素材であるかを考えるべきですね。