多くを語らず


 研究とは、実験をするだけでは進めることはできません。文献検索をして過去にどのような報告がなされているのかを調べることも重要な作業です。

 ある学生が文献を見ながら原料合成をしようとしていた。手元にある論文を見ると詳しい記述はなく、さらに古い文献を孫引きして見なければ実験方法がわからなかった。その雑誌が大学の図書館にあるのかどうかがわからなかったので、先生に尋ねてみたところ、先生は論文の参考文献の項を見て、「それやったら図書館にあるわ」と言って、にっこり微笑んだ。学生は普段から、オンライン化されている論文をダウンロードするのみで、図書館に行ってコピーを取ってくるという経験はこれが初めてであった。不安もあったが、先生からお墨付きをもらったので、機嫌良く出かけていった。図書館の書庫に入ってみると、古い雑誌が並んでいる棚は埃っぽくて少し黴臭いものの、きっちりアルファベット順に整理はされていた。簡単に見つかるはずと思っていた学生が探し始めてみたが、目的とする雑誌はなかなか見つからない。30分程経過し、学生は書架の周りを5周くらい回っても、見つけることができなかった。
 「先生に騙されたんやろか」と不安に思いながら研究室に戻った学生は、そのことを先輩に相談をした。慰めてくれることを期待していたが、先輩はあっさりと「辞書を引いてみたら」と答えたのみである。「雑誌名が辞書に載っているわけがないやろ」と思いながら辞書を引くと、そこには『ibid: 同書に』と書いてあった。その時になって初めて、ibid が雑誌名ではなく、一つ上の雑誌名であることに気付いたのであった。

教えるのは簡単ですが、実体験として学ばせることも大切です。このような教育的配慮の積み重ねによって、学生は成長していくのですね。