引き


 長い間実験をしていますと、何事も調子良く進む時もあれば、何をやってもうまくいかないという時もあります。

 ある学生が試料の入った溶液に、貧溶媒を加えて結晶化を試みていた。瓶からヘキサンを駒込ピペットで吸い上げて試料溶液に加えると、針状結晶らしきものが現れた。「もしかして、私って引きが強いかも」と思いながら、さらに加えると結晶の量も増えていくではないか。気を良くした学生は先生を呼んでフラスコを見せた。
「こんな結晶やったら、X線結晶解析もできるし、言うことないね。でも、ガラスということはないやろな。例えばパスツールピペットの先とか。」
「それはないです。溶媒を取るのは駒込で、パスツールは使ってませんもん。」
 何はともあれ、結晶を取ることが先決である。結果を早く知りたい先生が見守る中、吸引ろ過をしたところ、2人は同時に「あっ!」と叫んだ。ろ紙の上に残った固体は結晶ではなく、細いガラス管であった。溶媒の入っている瓶を見ると、他の人がパスツールを突っ込み過ぎて折れた先端部分が底に散乱していた。学生は、単にスポイトを引く力が強かっただけであることを悟ったのであった。

実験とは、一喜一憂しながら続けていくものですが、だからこそ、本当に結果が出た時には、喜びもその分大きいのでしょうね。