雲散霧消


 女性が宝石に心を奪われるように、化学実験をしている人にとって、結晶には格別な思いがあり、無視できない魔力を持っています。

 ある学生が反応混合物からエ-テル抽出し、有機層を硫酸マグネシウムで乾燥していた。十分に乾燥されたと判断し、硫酸マグネシウムをろ別することにした。ひだ折りろ紙を使ってろ過を始めると、濾紙の縁にきれいな無色の結晶が析出しているのを見つけた。液体の生成物が得られるはずの反応系から結晶が出てきたのを見て学生は興奮した。「これは何か別の反応が行ってるで。これまでとは違った新しい結果やから先生にも自慢できるわ。」と思い、その単離を試みた。
 しかし、結晶をスパテラで取っても、少しずつ目減りしていき、とうとう消えてしまった。学生は大きな魚を逃した心境で、落ち込みながらろ過を続けていると、再び結晶が見られた。学生は「今度こそ!」と、さらに慎重にその結晶の単離に挑戦してみたが、その甲斐むなしく、またしても消えてしまった。その後も一喜一憂を繰り返しながら、結晶を取ることなく実験を終えたのであった。

エ-テルやジクロロメタンのような低沸点で揮発性の高い溶媒を使った時は、その気化熱で空気中の水分が冷やされて霜ができます。特に湿度の高い夏場によく見られます。姿を見せた結晶が消えてしまうという、夏場のミステリーでした。