異口同音


 構造が分からない化合物の構造決定をする場合、元素分析(最近では高分解能マスの利用が多いですが)が必要になります。元素がどのような比率で含まれているのかを知ることは重要な情報です。しかし液体試料の場合、固体試料に比べて不純物を含みやすいために、正しい分析値を得ることが若干難しくなります。試料がアミンのような塩基性化合物の場合、ピクリン酸と塩(ピクラート)を作って結晶化させると成功率が格段に上がります。

 ある学生がアミン系液体試料の元素分析をすることになった。ピクリン酸のアルコール溶液に試料を滴下すると、即座に白濁して固体が生じた。その混合物をホットプレートで加熱して均一な溶液にした後、ゆっくり放冷していくと綺麗な黄色板状結晶が析出してきた。それに気を良くした学生は、他の試料についても同様の処理を行ない、5種類の結晶を得た。
 こうして得られた結晶を分析センターに持って行き、測定を依頼した。数日後、返ってきた結果を見て、学生の表情が曇った。計算値から大きくずれているのである。他の試料も同様であった。その時、ふと5種類の試料の分析値がほとんど同じ値であることに気づいた。もしかしてと思った学生は、ピクリン酸の分子式から計算してみた。その結果、見事に一致した。予想が当たってスッキリした感覚を感じた直後に、「もう一度やり直さなあかん」というドンヨリした感覚が襲ってきたのであった。

多くの人が口を揃えて同じことを言うことを「異口同音」と言います。多数派意見だからといって、それが必ずしも正しいとは限らないのですが、それが真実である場合の方が多いのでしょうね。