NMRのデータを記載する時には、用いた機器の周波数、溶媒、標準サンプルの3つの情報をともに示さなければなりません。特に溶媒が変わると、シグナルが現れるケミカルシフトが異なるために似ても似つかないスペクトルが観察されることがありますので、溶媒の情報は必須です。
ある学生が反応混合物のNMRを測定していた。シグナルが小さいものの、目的とする化合物が生成している様子であった。混合物の状態で、どれくらい生成しているのかを定量したいと思ったが、重クロロホルムには溶解性が低いために、溶け残りも結構あった。NMR収率を算出するには均一な状態にしなければならないので、学生は溶媒を重DMSO(ジメチルスルホキシド)に替えて測定をし直した。すると、そこには先程とは全く異なったスペクトルが現れた。溶媒が変われば、観察されるスペクトルが大きく変わることは知っているが、目の前のスペクトルはあまりにも違い過ぎた。
そこで、学生が生成物を単離してみると、当初目的としていた化合物がさらに閉環したものであることが明らかになった。極性の高い溶媒に溶解させたことによって、反応が進行したようである。その後、学生は基質を替えて同様の反応を行ない、研究テーマを展開させることができたのであった。
新しい研究テーマというのは、考えてもなかなか思いつくものではありません。予想と違った結果が得られた時こそ、「失敗」と思わず「大きなチャンス」と捉えてみることが大切ですね。