泣かない男


 多岐に亘る試薬がありますが、その性質は様々です。時には人体に影響を及ぼしますが、その度合いは人によって様々です。

 ある研究室で、試薬整理をしていたところ、瓶の1つが吹き出す事故が起こった。その試薬は催涙性があり、まともに目を開けることなどできなかった。学生たちは息を止めて実験室に入っていき、出来るだけ処理をした後、入り口に戻ってきて他の学生と交代するという潜水夫のような作業を続けた。そのような状況なので、時間の割には作業はなかなか思うように進まなかった。
 そのような折、隣の研究室の学生が「何かあったんですか?」と言いながら入ってきた。その学生はその試薬に対して平気なようで、実験室に入って様子を見て回っていた。入るだけで苦労している学生達は、この学生に作業を頼めば一気に進捗するのではと喜んだ。そこに現れた先生は、その学生の様子を見て、「邪魔やから出ていけと」怒鳴ったのであった。

その学生は試薬の催涙性に鈍感な体質であるらしく、涙が出ていませんでした。しかし、涙が出るのは、センサーの働きをしているので、涙を流さないということは、体に大量の試薬を取り込んでも、危険を知らせない状態であることを意味しています。ですので先生は、その学生が大量の試薬を体に取り込んでしまう前に、出ていくように言ったのでしょうね。(次回に続く)