「にこいち」という言葉は聞いたことがあっても、「にこよん」という言葉は聞いたことがないと思います。なぜなら、ある研究室で使われていたローカルな言葉だからです。
ある4年生の学生は研究室に入って研究テーマをもらったが、それはニッケルテトラカルボニル [Ni(CO)4] を用いるものであった。研究室ではその化学式から「にこよん」という愛称で呼ばれていたが、その性質は愛称とは裏腹に可愛げのないものであった。かなりの猛毒であるだけでなく、低沸点であり、自然発火しやすいというおまけつきである。1人では取り扱うことができないので、先輩に手伝ってもらう必要がある。窒素ボンベを横に置いて、塩ビ管の先に取り付けた漏斗から窒素シャワーを浴びせながら、空気に触れさせることなく、氷で冷やした「にこよん」を注射器で吸い上げ、反応容器に移す作業を行なっていた。
ある日、同じように仕込もうとナス型フラスコに注射針を入れた時、針が壁に当たって、氷の上でフラスコがツルンとひっくり返った。その瞬間、2人の背中には冷たい汗が流れたが、両手が塞がっているため、どうしようもない。幸いにして、フラスコには残り少なかったために、外にこぼれずに済んだ。しかし、2人ともぐったりと疲れて、その後は使い物にならなかったのであった。
後日談:「にこよん」のボンベが空になると、自分では処分をせずに、業者に渡して廃棄処理をしてもらうべきでしょう。ところが以前に、この話題をホームページに書いたところ、それを見た業者の方から電話がかかってきて、「ボンベの処理の依頼を受けたんですけど、どうやったらいいですか?」と訊かれました。処理業者の方も、何もかも分かっている訳ではないですもんね。